私の父は自分が中学を卒業してから
カメラ修理の仕事をしている
親類の叔父さんのところへ修行に行き
それから40年ほどクラシックカメラや
レンズの修理職人として働いてきました。
しかしここ2,3年は修理の依頼が減る一方で
毎月の生活にも足りないような収入であった為
母親から『カメラの仕事は廃業して別の仕事をして欲しい』と
懇願されていましたが、父は やはり受け入れられず
カメラとは全く無関係のアルバイトに行き
毎日夜6時から4時間働いて
なんとかカメラの仕事を廃業しないように
努力していました。
でも更にカメラ修理の収入は減り続け、
逆にアルバイト先の上役の方から
日勤で8時間働いて欲しいと頼まれたのもあり
真剣に『廃業』を考えていたのですが
ある日、私の知人が“ダメもとで…”と
ホームページを作ってくれたところ
少しずつ修理依頼の問い合わせがあり
遂には夜のアルバイトも辞め、
本業1本に返り咲く事ができました!
で、お客様とのメールのやり取りは
娘である私が主に担当していたのですが
全国のお客様が父親の技術を褒め称え、
他社では修理できなかったカメラを
父が修理した事に対してとても感謝している言葉を
直に目の当たりにした私は
『今までカメラ修理という仕事が
そんなに凄い仕事やとは思わんかったけど
これほどまでに お客様を喜ばせる技術を
父親の代で終わらせるのは勿体無い!!
是非とも継がせてください!!!!』なんて
父親には恥ずかしくて面と向かって言えませんでしたが
修理職人の後継ぎになるべく
長男である兄に父親の後継ぎになる可能性はゼロなのか
意思確認をしたあと、一番の疑問であった事を
父親に聞いてみました。
私:「お父さん、カメラの修理って女でも出来るん?」
母:「そんなん力いる仕事もあるし無理やろ〜」
父:「ん?いや、女でも出来るで。」
私:「え、そーなん?ほんならするわ!」
という具合で あっさりと弟子入り宣言をしたのです。
とは言っても私は一眼レフで写真を撮った事もないし
カメラの仕組みなんて全く分かってないしなぁ…と
不安に思いつつも
『お父さんは あんな細かい仕事してんのに
ビデオの録画予約もできひんし、なんとかなるか!』
と、無理矢理自分を納得させて現在に至ります。
今、私は派遣会社に登録し食品フロアのチェッカー業務の
仕事をしているので そのお休みを1日増やし
とりあえず週1ペースでカメラ修理の修行をするつもりです。
その初日が4月3日。
私の人生を変える日になるかもしれません。
仕事のメモ書きとして この日記を活用するつもりなので
とりあえずカメラ修理の仕事をする週1回ずつ
更新する予定ですが、時間があれば また違うお話も
書いて行けたら良いなと思ってます。
また、この日記を読んだ人や その友達が
クラシックカメラが壊れた事で困っていたら
助けてあげたいです。
是非ホームページへ遊びに来てください。
カメラ修理サービス YCS
http://www.ycs-1964.com/
